私は天使なんかじゃない






僕がいて俺がいて、君がいる









  それは誇りを取り戻す旅路。





  「はあはあ」
  出血が止まらない。
  両の掌からの出血が止まらない。
  当然だろう。
  そこでひっくり返って完全に意識飛んでるデスの野郎に両の掌をナイフで刺され、その手のままで大暴れしたからな。自然に止まる要素がまるでない。
  もっともこの傷だ、自然に止まるのを待ってたら出血死しちまう。
  「くそ」
  その場に座った。
  まともに立ってられない。
  血が足りねぇ。
  あいにくスティムパックの持ち合わせがない。
  用意不足?
  いや。
  そういうわけじゃねぇ。
  要はあれはロストテクノロジーってやつだからな。現在キャピタルで出回っているスティムパックの大半はどっかの病院とか廃屋とかからパクって来たやつだ。もちろん本来の
  所有者はとっくの昔に死んでたりするから窃盗ってわけじゃない。ともかく、使えば減る。作れる奴がいないわけだからな。
  キャピタルはここ最近はエンクレイブ戦でかなりの量が消費されて値が高騰してる。
  BOSとか一握りの科学者は作られらしいが全域に配れる量はないようだ。
  そんな感じでスティムパックの持ち合わせがない。
  どうしたもんかな。
  「ここまでかな、トンネルスネークのボスさんよ」
  「トロイ」
  ニヤニヤと腕組みをしているトロイ。
  獲物であるデスを取られて腹が立っている、というわけではなさそうだ。
  「わりぃな、あいつ倒しちまった」
  「構わんさ」
  「因縁は本当になかったのか?」
  「どういう意味だ?」
  「デスの方はそうじゃなさそうだったが。ずっとお前を追ってたしさ。何だったんだ、あいつ?」
  「ただのストーカー野郎さ」
  「マジかよ」
  「ああ」
  トロイがこちらに何かを投げる。
  スティムパック……ではない、包帯だ。
  「血液を凝固させる薬剤を染み込ませてある。応急処置だ。使えよ」
  「……トロイ、悪いが」
  「何だ? 破門した奴からの施しは受けないってか?」
  「ちげぇよ」
  「じゃあ何だ?」
  「自分じゃうまく巻けねぇ」
  「……」
  「巻いてくれ」
  「あっははははははははっ!」
  「わ、悪いかよ」
  巻いてもらう。
  どういうものを塗ってあるのか皆目見当もつかないが包帯は血を少し滲ませたのちに血を止めた。
  おー、すげぇな。
  相変わらず血は足りないが。
  銃を拾おうとするとトロイが先に拾い、それから俺に近付いてくる。
  「な、何だよ?」
  「血を止めただけだ。あんまり動かない方がいいぜ」
  そう言って9oピストル2丁を俺のホルスターに収めた。
  トロイはデスを見る。
  「あいつどうすんだ?」
  「あいつ」
  特に決めてはない。
  「無抵抗の雑魚をいたぶるのは趣味じゃねぇんだ」
  「兄貴らしいな」
  「不服そうだな」
  「そりゃそうだろ。あいつは悪党だぞ。西海岸じゃ知らない者がいないほどの悪党だ。気絶しているからって見逃すのか? 偽善は好きじゃないな」
  「別に偽善ってわけじゃない」
  意味は分かる。
  意味は。
  デスが無抵抗で死に掛かってるからといってこいつが改心するとは言い切れない。というか改心しないだろ。
  だが気絶している奴を殺す趣味はない。
  偽善か?
  ……。
  ……偽善かもなぁ。
  うーん。
  「トロイ」
  「何だ?」
  「こいつは心が折れた。もう今までのようにはいられないだろ」
  「だといいがな」
  半信半疑そうだ。
  だろうな。
  「ところでトロイ」
  「何だ?」
  「お前って何がしたくてここまで来たんだ」
  「はあ?」
  今更何を言い出すんだという顔をする。
  「復讐だ」
  「復讐」
  「何か問題があるのか、お前に。東海岸のお前に」
  「そしたらお前はお前は満たされるのか?」
  「はあ?」
  「あくまで俺の感覚だが……お前は別に復讐したいんじゃない、そんな風に見えるんだけどな」
  「……」
  「ただ突っ走りたいから、じゃないのか? お前は前のトロイが逃げている、と言ってた。本当はお前も逃げているだけなんじゃないのか?」
  「殺すぞ貴様」

  ピタ。

  抜刀して刃を俺の首筋に当てる。
  俺は動じない。
  目を見る。
  ただ、トロイの目を。
  「お前は復讐って言葉に逃げてるだけだ。本当にしたいことはそんなことじゃないだろうが。復讐が正しいかどうかは、俺は論じねぇよ。俺もその為にここに来たんだしな。だがお前には
  その先がない。復讐って言葉が都合良いからそれに縋っているだけだ。違うか?」
  「餓鬼が」
  「餓鬼って言葉で片付けるしかねぇのか?」
  「貴様に何が分かるっ! ディバイドの人々の慟哭、貴様に何が分かるっ! 逃げるしかねぇのさ、生き残ってしまった俺は、逃げるしかねぇのさっ!」
  「それがお前の本音ってわけだ」
  「悪いかっ!」
  「悪くねぇよ。それが人だからな」





  「エンクレイブのアイポッド、か。ふぅん。見た目に反して高性能。偵察用でもプロパガンダ用とは違うわね。特注ってところかしら」
  「<BEEP音>」
  倒れ伏すレディ・スコルピオン、ベンジー、メカニスト。
  それに対して損傷があるものの絶対的な優位に立っているバンシー、そして支配されたED-E。
  万に一つも勝ち目はない。
  ED-Eは西海岸時代のエンクレイブに作られた特別製のエンクレイブ・アイポッド。
  攻撃は強力なレーザー砲、防御は二重アーマー構造。
  攻守ともに最高峰。
  バンシーはそこまで理解して支配しているわけではないが、ED-Eが特殊な実験で作られた機体ということは理解している。
  「攻撃しなさい」
  「<BEEP音>」
  軽快な音。
  3人は動けない。
  連続しての声の攻撃で外的ダメージはないものの疲労が蓄積して動けない。
  絶対的な、圧倒的な攻撃が来るのが分かってはいるものの動けない。
  
受けたら最後だと知りながらも、だ。
  だが……。
  「何している? さっさと攻撃しなさい」
  「<BEEP音>」
  「……?」
  命令を聞かない。
  ED-Eは命令を聞かない。
  ただ、軽快な音を立てながら宙に浮いている。バンシーは既に皮膚が消失しているが、皮膚があれば、怪訝そうな顔をしていただろう。
  こんなことは初めてだ。
  「私の支配を受け付けない? ……いえ、そんなはずはない。支配は出来ている。まあいい。ならプログラムを徹底的に弄るまで」
  手をED-Eに向ける。
  レディ・スコルピオンはメタルブラスターに手を伸ばす。
  「そんなの見越しているわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  『……っ!』
  声の攻撃。
  3人はダウン。
  その間にもED-Eの機体内からジジジジジという音が響く。
  干渉し、プログラムを書き換えようとするバンシー。
  「何これ?」
  完全に掌握するべくED-Eの内部情報を読み取っていたバンシーは興味深そうに呟いた。
  その声は次第に熱が帯びる。
  それに対してED-Eは宙に浮いているだけ。
  「こ、これはっ!」
  「……」
  「ふ、ふふふっ! あっはははははははははははははははははははははははっ! このチビちゃんにこんな機能がっ! すごい、ディバイドにそんなものがっ! 起動装置ってわけねっ!」
  「……」
  「この子がいればっ! この子さえいればっ! 西海岸の連中は雑魚でしかない、いいえ、世界全てが雑魚でしかないっ! リージョンのシーザー? NCRのキンバル大統領? Mr.ハウス?
  カーティス大佐? 全ては雑魚、屑でしかない、エンクレイブさえもっ! 私とこの子がいればボマーを覇者にすることもできるっ! この旅にこんな拾い物があるなんてねっ!」
  「……」
  「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……はっ?」
  「……」
  高笑い。
  ひとしきり笑い終わるとバンシーは一歩前に踏み出した。
  前に進んだ、というよりは、よろけた。
  「な、何、これ?」
  「……」
  「私の中に誰かが干渉している? 私の、私のプログラムを検索している。読み取っている。誰だ、新手、新手がいるのか?」
  「……」
  「いや違うこれはすぐ近くから……お前かぁっ!」
  「<BEEP音>」
  「くだらないことをっ! 私の情報解析能力の10倍程度で……10倍っ! そんな、まさか、ただの起爆装置では……こ、この子、まさか、な、何なの、このネットワークはっ!」
  「<BEEP音>」
  「リンクが切れないっ! や、やめろ、やめろやめろやめろ私に入って来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  しゅー。

  バンシーから煙が出る。
  そして。
  そして、そのまま停止した。
  「<BEEP音>」
  ED-Eが軽快な音を立てて通路を進み、そして3人の前から姿を消した。呆然としながら立ち上がる3人。
  ベンジーが面食らう。
  「こいつ、どうなったんだ?」
  「あたしの憶測だけどED-Eが逆干渉してバンシーのプログラムを破壊した、ってところかしら。ところでメカニスト、まだ動ける?」
  「ああ。大丈夫だ」
  「じゃあ進みましょう。ED-Eに付いて行けばボスかトロイのところに行ける。露払いはあの子がしてくれるだろうし。軍曹もそれでいい?」
  「ああ。俺は軽機関砲を使うからロボットマン、あんたは俺の10oピストルを使ってくれ。あんたの銃は行方不明っぽいしな」
  「すまない、ありがとう」
  「さあ、行きましょう」

  VSバンシー戦。
  ED-E、逆干渉してバンシーのプログラムを破壊して勝利。





  グレイディッチ。地上。
  地上では過去の因縁と決別するべくやって来たヴァンス&ビリー・クリール、そしてヴァンスの部下であるメレスディトレインヤードの部隊。
  ルーカス・シムズの頼みで援軍としてやってきたアカハナ達ピット部隊。
  Mr.クロウリーからの依頼でバックアップとしてやって来たイッチ、ニール、サンポスのカンタベリー・コモンズのハンター3兄弟。
  当初連動はしておらずバラバラに戦っていたものの戦う内に連携し合って敵を寄せ付けない。
  敵、それは火を噴く蟻。
  Dr.レスコが作り出したファイアー・アント。

  ごごごごごごごごごごごごごごごごごっ。

  地響き。
  「な、何だ」
  ビリーが慌てる。
  それも仕方がないだろう。立っていられないほどの振動だ。
  だが慌ててもいられない。
  敵である蟻は四方八方から襲ってくる。
  火を噴く、しかし戦う側としての幸運はその射程が短いということ。
  圧倒的な弾丸の雨で遠距離から一掃している限りはその炎の洗礼を受けることはない。とはいえ敵の数はまさに無尽蔵だ。
  キリがない。
  そして……。
  「おいおいおいおいおいおいおいっ! ヴァンス、ヴァンスっ!」
  「聞こえているよ」
  「何を落ち着いているんだよっ!」
  「何を慌てている」
  ゆっくりと。
  ゆっくりとした足取りで大型トラック並みの巨体が彼らの視界に飛び込んでくる。
  羽のある蟻のフォルム。
  女王蟻。
  ヴァンスたちは知る由もないが、それは地下でボマーがDr.レスコの依頼で解き放った化け物。Dr.レスコはグレイディッチを実験場として放棄、女王蟻と共に別の場所に旅立とうとしていた。
  既に別の研究場所に置いてあるビーコンは遠隔で作動している。
  女王蟻はそれに惹かれて移動を開始していた。
  「すげぇ」
  ピットレイダーの1人が呟いた。
  放射能が世界を覆った後の世界とはいえあんな化け物は滅多にいない。実際、彼らは初めて見る化け物だ。女王蟻はビーコンに惹かれるままに動いているのか、ヴァンスたちが眼中にも
  ないのか全く無視して移動を開始している。羽を大きく広げて飛翔の態勢に入る。
  アカハナがミサイルランチャーを構える。
  「ビリーさん、あいつを撃破してますか? 攻撃する手段はあります」
  「……ヴァンス、どう思う?」
  「下手に怒らしたら面倒かもしれませんね」
  「だよな。アカハナ、スルーしよう。さすがにあんなの怒らせて戦える装備を、お前らはともかく、俺らはしてない。大暴れされたらやられちまう」
  「なるほど」
  「ヴァンス、こいつは一時撤収した方がよさそうじゃないか? ストレンジャー用の武装はしてきたが、この蟻の数は想定外だ」
  「確かに。君たち、地下に入った者たちがいると言っていたね」
  「ああ」
  カンタベリー3兄弟の長男、イッチが頷いた。
  彼らもまたこの状況に辟易していたが5000キャップという報酬の為に行動している。傭兵のプロフェッショナル。
  「我々がここを受け持つ。地下の者の援護に行ってくれないか」
  「クライアントからの依頼はそもそもそれだから、バックアップしてくれるのはありがたい。行くぞニール、サンポス、終わったら報酬持ってリベットに引っ越そうぜっ! これで一流だ」
  「よっしゃ、行こうぜ、兄貴っ!」
  「僕も了解だよ」





  グレイディッチ。地下。
  Dr.レスコの研究室付近。
  「復讐じゃ不服だというのかよ。ええ? 兄貴?」
  「そうは言ってねぇよ」
  俺とトロイは言い争う。
  デス?
  気絶中。
  当分は目が覚めないだろうし目が覚めたところでそんなに怖くはない。強いとか弱いじゃなくて相性のようなものだ。俺との相性もだが、戦った場所の相性もデス的には悪かった。
  まあ、負け犬のことなんかどうでもいい。
  「トロイ」
  「何だよ」
  「別に俺はお前を否定はしねぇよ。ただ、復讐じゃその先がねぇだろうが」
  「先? 先って何だ」
  「復讐果たしてお前はその後どうするんだ?」
  「そいつが関係あるのか、お前に」
  「俺には関係ないかもだが、お前には関係あるだろ。当事者なんだからよ」
  「放っとけよ、俺のことだ、俺が決める」
  「決めれりゃいいけどな」
  「……さっきから何が言いたいんだ?」
  「お前に先なんてねぇだろ」
  「はあ? 喧嘩売ってんのか、兄貴」
  「売ってねぇよ。お前自身で決めてるから、俺にもそう見えるんだよ。正直に言ってみろよ、お前先なんて考えていだろ。復讐した後のことをよ」
  「さあな」
  逃げたな。
  話を逸らそうとしているのが分かる。
  俺には分かる。
  トロイは先なんて考えてない。
  こいつは復讐に逃げてる。
  復讐だけを目的としている。
  つまり。
  つまり復讐で人生を完結しようとしている。
  達成した後に死のうとしているのかは知らん、だがこのままいけばこいつは抜け殻になる。
  俺はそう思った。
  「トロイ」
  「何だよ」
  「復讐は否定しねぇよ。ただよ、復讐が終わってもお前が死ぬわけじゃないんだぞ。生きてる奴は生きてかなきゃならねぇ。お前復讐で人生完結しようとしてるだろ」
  「悪いか?」
  「悪いね」
  「何でだ。俺の人生だぞ、お前には関係ない」
  「兄貴分として承諾できない」
  「兄貴分」
  そこでトロイは笑った。
  嘲笑。
  「何がおかしい」
  「おかしいだろうが。ダラダラとギャング団ごっこしているお前に何が分かる? 核で街が、住人が吹き飛んだ後に残された俺の気持ちが分かるのか? 気付いたら一瞬で何も残らないんだぞ?」
  「そいつは、重いな」
  「気付いた時俺の人格は分裂してた。精神的におかしくなったんだろうな、そういう体験をして。腰抜けの方の俺は逃げた、逃げて逃げて東海岸に、つまりはキャピタル・ウェイストランドに。そこで
  生き直そうとしてた。だが過去が追ってきた、逃げた先にストレンジャーがやって来た。そして腰抜けは今度は心の奥に逃げた。そして俺が今ここにいる。俺は逃げてねぇ、戦ってる」
  「違う。復讐に逃げてる」
  「いちいち言っている意味が分からねぇぜ、兄貴」
  「そんな難しい話じゃねぇだろ。つまりだ、お前は復讐ってことに逃げることで、自分から逃げてるんだよ。暴れるっていいよな、考えることを放棄したり感情のままで生きられるからよ」
  「言ってくれるね、この俺相手に」
  「復讐の為に生きるんじゃねぇよ、トロイ。お前はお前だろ」
  「お前はお前、いや、そもそも俺は誰だ? トロイですらねぇんだぞ? 俺ともう1人の俺は、トロイの絞りかすだ」
  「違う。お前はお前だ。トロイだよ」
  「……こんがらがってきた」
  「受け入れてみろよ、今の状況を。お前は、もう1人のトロイもそうだが、そこから逃げてる。復讐に没頭することによってな。考えを放棄してる。見つめ直せよ、自分を」
  「カウンセラーか、兄貴は」

  「新装開店だから初診料は奢るよ」
  「そりゃすごい」
  髪をかきあげるトロイ。
  説得しているつもりは特にない。言いたいことを言っているだけだ。
  無責任?
  まあ、それが俺流だ。
  とはいえ無責任に言っているわけでもない。
  ……。
  ……うーん。
  やっぱり優等生みたく、格好良く言うことはできねぇもんだなー。
  「見つめ直す、か」
  「ああ」
  「確かに兄貴の言う通りかもしれんな。先のことなんて考えてなかった。復讐に全力投球、そう言えば聞こえはいいが復讐って逃げだったのかもな」
  「ああ」
  そこでトロイは黙る。
  遠くを見ている。
  沈黙。
  まるまる1分かけてから口を開いた。ただ俺と会話している、わけではなく、それは自分との会話。

  「確かに俺は逃げていた」
  「僕は戦うことが嫌で、失うことが嫌で逃げていた。そして何より戦うことが怖くて、君が怖くて、逃げていた」
  「俺もお前が軟弱で嫌いだった。だが兄貴に言われて気が付いた。俺たちは元々同じトロイなんだってことをな。そう考えると俺たちは意味のないジェスチャーゲームをしていたのだろう」
  「そうだね。ジェスチャーゲームはお終いだ。僕たちの言葉で話し合おう」
  「ああ。そうだな」
  「僕がいて」
  「俺がいて、そして俺たちがいる。それで俺たちは1つってわけだ」
  「僕は君で」
  「お前は俺だ」

  ……。
  ……ペルソナだったか、このゲーム?
  いや待てゲームって何だよ。
  こいつはリアルな現実だぜ。
  「トロイ」
  「初めまして、かな? いや、それはおかしいか」
  「ああ。どんな形になろうともお前はお前だよ」
  「正直な話、まさかこんな餓鬼に俺が理解されるとは思ってなかった。そういう意味では、新鮮な驚きだ」
  「よかったな」
  「お蔭様で」
  1つになった、ということか?
  人格が統合された?
  とげとげしさが消え、おどおどした感じも消え、そこには1人の男がいる。
  威風堂々。
  そう、そんな感じの男が。
  これが伝説の運び屋って奴の真の姿かよ。
  いまいち運び屋ってのがよく分からんが……まあ、キャピタルじゃ珍しい職業だからだろうが……伝説って言われているのも分かる気がする。

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ俺の負けだ勘弁してくれーっ!」

  この時通路に声が響き渡る。
  誰の声だ?
  声の主の姿は見えない。
  数秒後、断末魔が響いた。
  男だ。
  男の声だ。
  その断末魔も長くない。
  沈黙。
  敵か?
  敵がいるのか?
  いや、敵だと仮定すると今の奴の声は仲間だということになるが……メカニストでもベンジーでもない。レディ・スコルピオンはそもそも性別違うから関係ないし。
  目を凝らす。
  蟻が……くそ、蟻が来やがったっ!
  包帯の手で銃を握ろうとするが銃把が上手く掴めない。
  くそっ!
  「やめとけ兄貴」
  手を掴まれて、制される。
  何というか従がわなければならないというような感覚に陥る。
  こいつやぺぇわ。
  大物ですわ。
  「見ろ、兄貴」
  「何だあいつ」
  現れたのは変なコスプレをした女。そいつが火を噴く蟻を引き連れている。コスプレが攻撃されないってことは蟻が手下みたいな感じなのだろうか?
  女、だよな、たぶん。
  仮面ライダーってやつか?
  それっぽいコスプレだ。
  ……。
  ……んー、待てよ?
  もしかしたら……。
  「あんた、もしかしてアンタゴナイザーか?」
  「あんた誰?」
  息も絶え絶えな感じのアンタゴナイザー。
  否定も肯定もしていないがこのコスプレ女がメカニストが探しに来たアンタゴナイザーなのだろう。
  「俺はブッチ・デロリアだ」
  「どうして私を知っているの?」
  「メカニストと一緒にここに来たからさ。あいつあんたを探してるぞ」
  「そ、そう、それは……嬉しいわ。慣れないタイプの蟻を操ったから……疲労が凄くて……もう、駄目……」

  パタリ。

  その場に倒れる。
  その瞬間、従がえていた蟻たちは干渉が消えたからだろうか、異質な音を発する。
  攻撃来るのかっ!
  その時銃声が響き渡った。
  蟻たちは攻撃に移る間もなく沈黙。そして全滅。
  「ボスっ!」
  「よかったよかった、あんたが死んでちゃ報酬がもらえないからな」
  ベンジーとイッチ。
  そしてニール、サンポス、レディ・スコルピオンとメカニストがいる。メカニストはアンタゴナイザーを抱き上げる。息はしているから、能力行使し過ぎて気絶しているのだろうか。
  援軍だ。
  さらに……。
  「<BEEP音>」
  「ああ。久し振りだな、ED-E。心配かけたが俺はもう大丈夫だ」
  ED-Eもいる。
  誰も欠けてない。
  誰も。
  「早速で悪いけどブッチさん、撤退を勧めるよ。蟻が引き返して来てる。速くしないと突破できなくなる」
  「5000キャップ分は働くが俺らも命は惜しいからよ、撤退しようぜ」
  サンポスとニールが撤退を提案。
  多分それは正しい。
  だが……。
  「ボス、あたしらで立ちはだかったストレンジャーは始末した。バンシーはこのチビちゃんが倒した」
  「バンシー?」
  誰だそりゃ。
  トロイが笑う。
  「そいつは凄い。お前は俺の誇りだよ」
  「<BEEP音>」
  照れてるのかな?
  「バンシーっていうのはボマーの側近だ。バンシー、ランサー、デス、これがストレンジャー不動の3人だ。俺がランサーを倒し、ED-Eがバンシーを倒し、兄貴がデスを倒した。残りはボマーだけだ」
  「……ボスが、デスを、倒した?」
  トロイの説明にレディ・スコルピオンが目を大きく見開いた。
  ああ。
  そういえばこいつも西海岸組だったっけ。
  「兄貴」
  「何だ、トロイ」
  「ボマーは俺が片を付ける。お仲間連れて逃げな」
  「……」
  「信じろよ」
  「分かった。よし、撤退するぞ」
  「ED-E、お前は兄貴たちの撤退を援護しろ。心配するな。全部終わったらお前と一緒に西海岸に行くと約束するよ。信じろ、いいな?」
  「<BEEP音>」
  「よし。兄貴、じゃあな」
  「ああ」
  「兄貴」
  「あん?」
  「トンネルスネーク最強」
  「ああ。最強だぜ」
  そして……。





  広大な空間を有する洞穴。
  周囲には孵化していない蟻の卵が散乱している。
  天井には爆発物でぽっかりと大きな穴が開き、太陽の光が洞穴内に降り注いでいる。
  対峙する者。
  トロイ。
  ボマー。
  「これはこれはお懐かしい顔だ。まさかディバイドで死なずに生きていたとはな」
  「会いたかったぜ、ボマー」
  「部下たちはどうした?」
  「大したことなかったぜ? 非能力者たちに全滅しちまったようだ。能力者っていうのも大したことないな。バンシー、デス、ランサーはもうお前を助けに来ないぜ?」
  「不甲斐ないというしかないな」
  「お前をここで消したら全てが終わる。そしたら俺は歩き出せるってわけだ」
  「それは素晴らしい」
  「さあ始めようか」